東京地方裁判所 平成10年(ワ)18570号・平11年(ワ)8559号 判決
平成一〇年(ワ)第一八五七〇号 売買代金請求事件(甲事件)
平成一一年(ワ)第八五五九号 不当利得請求事件(乙事件)
甲事件原告・乙事件被告 兼松株式会社
右代表者代表取締役 四十宮正男
右訴訟代理人弁護士 山田洋之助
同 山田隆子
右訴訟復代理人弁護士 井上俊一
甲事件被告・乙事件原告 マリンフーズ株式会社
右代表者代表取締役 東平八郎
右訴訟代理人弁護士 奥野善彦
同 野村茂樹
同 遠藤由紀子
主文
一 甲事件被告・乙事件原告は、甲事件原告・乙事件被告に対し、金一億八一四七万一六二三円及びこれに対する平成一〇年五月二二日から支払済みまで年一八・二五パーセントの割合による金員を支払え。
二 甲事件被告・乙事件原告の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、甲事件被告・乙事件原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
以下、甲事件原告・乙事件被告を「原告」、甲事件被告・乙事件原告を「被告」という。
第一請求
一 甲事件
主文一項と同旨
二 乙事件
1 主位的請求
原告は、被告に対し、金八五〇四万四七四四円並びに内金六三九五万三九一〇円に対する平成九年一二月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員及び内金一七八九万三一三九円に対する平成一〇年七月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求
原告は、被告に対し、金八五〇四万四七四四円並びに内金六三九五万三九一〇円に対する平成九年一二月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員及び内金一七八九万三一三九円に対する平成一〇年七月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
甲事件は、原告が被告に蟹を販売したと主張して、被告の原告に対する売買代金等と相殺後の売買代金を請求したのに対し、被告が、右取引は、原告の担当者藤原義之(以下「藤原」という。)と原告の仕入先である丸和大興株式会社(以下「丸和大興」という。)代表者佐藤大三(以下「佐藤」という。)が自らの利益を図るために、当時、被告の仕入担当部署の課長代理であった滝義洋(以下「滝」という。)に被告名義を冒用させて行った不正な簿外取引であるなどと主張して、右売買代金の支払義務を争った事件である(以下、甲事件の請求に係る別紙取引経緯一覧表38ないし40の売買契約を一括して「甲取引」という。)。
乙事件は、被告が原告に対して売買代金として支払った金員の一部につき、甲取引と同様、本来、被告に売買代金の支払義務がない不正な簿外取引について誤って支払をしたものであるなどと主張して、売買代金相当額につき、不当利得の返還を請求するとともに、被告が原告に販売した商品の残代金を請求した事件である(以下、乙事件の不当利得返還請求に係る別紙取引経緯一覧表11の3、24、25の6、42の売買契約を一括して「乙取引」という。)。
本件の主たる争点は、被告が、滝においてその権限を逸脱、濫用し、被告名義を冒用して行った不正な簿外取引であると主張する甲取引及び乙取引について、藤原の右事情についての悪意又は過失の有無である。
一 前提事実
1 当事者
原告は、繊維、食品、エネルギー、化学品、鉄鋼、木材等を取扱商品とするいわゆる総合商社であり、原告の北海道支店には食品課が置かれ、北海道で水揚げされる水産物の国内販売、輸出販売等を行っている。
被告は、日本ハム株式会社の一〇〇パーセント子会社(資本金一億三三三〇万円)であり、水産加工食品の製造販売、水産原料の輸入販売等を業としており、被告の水産原料等の仕入れは、主として東京本社内に置かれている原料本部原料部原料課(平成九年九月一日以降は組織変更により鮭蟹蛸魚卵課と改称。以下「原料課」という。)が取り扱っている。
2 原・被告間の取引の概況
原告と被告の間では、主として蟹、ホタテ、鮭を扱う継続的取引が平成七年七月から開始された。右取引の担当者は、原告側が北海道支店食品課の藤原であり、被告側は、平成九年一月以降、原料課課長代理の滝であり、被告の原料部部長には平成六年一〇月以降玉木敬一(以下「玉木」という。)が就任していた。
平成九年一月以降平成一〇年三月までに原告が被告に商品を販売したと主張する取引は、被告が不正な簿外取引であると主張するものを含め、別紙取引経緯一覧表(以下「一覧表」という。)に記載したとおりである(以下、これらの取引を一括して「本件取引」という。)。
本件取引に係る代金の支払については、原告から仕入先に対する支払は、原則として手形の振出し、被告から原告に対する支払は現金の銀行振込で行うこととされ、原告の仕入先に対する代金の支払(手形の決済)はすべて完了し、一覧表1ないし37の売買契約については、原告に対する代金の支払についても被告名義による銀行振込が完了している。
本件取引は、被告が不正な簿外取引であると主張して代金の支払義務を争うことをしないもの(一覧表2ないし4、6、9、10、11の1、2及び4、12、14ないし17、19、20、22、23、25の1ないし5、26、37並びに41。以下、以上の売買契約を一括して「正常取引」という。)と、被告が滝による被告名義の冒用が行われた不正な簿外取引であると主張して代金の支払義務を否定しているものに分けられる。さらに、被告が簿外取引であるとして代金の支払義務を否定している取引は、原告に対する代金の支払が未了である甲取引(同38、39及び40)、本来、被告には代金の支払義務がないにもかかわらず、誤って原告に対し代金として金員を支払ったとして乙事件においてその返還を請求している乙取引(一覧表11の3、24、25の6及び42)、被告名義により、原告に対する代金の支払が行われているが、実際に原告に対する代金の支払を行ったのは丸和大興、株式会社札水(以下「札水」という。)等の第三者であって、被告がその代金を負担していないもの(同1、5、7、8、13、18、21及び27ないし36)の三つに分けられる。
また、本件取引には、原告が、被告とその仕入先から依頼されて、仕入先から商品を買い入れ、これを被告に売り渡すという形で右両者の取引に介入した介入取引であると主張しているもの(以下「介入取引」という。)と、介入取引ではないと主張しているもの(以下「非介入取引」という。)の両者が含まれるが、正常取引には介入取引と非介入取引の双方が含まれているのに対し、被告が簿外取引であると主張して代金の支払義務を否定するものは、原告の主張によればすべて介入取引である。
3 甲取引
甲取引は、いずれも原告が、被告と仕入先である丸和大興から依頼されて、丸和大興から商品を買い入れ、これを被告に対して売り渡すという形で右両者の取引に介入した取引であると主張するものである。
4 乙取引
乙取引は、原告が被告と仕入先である丸和大興又は株式会社ライフスター(以下「ライフスター」という。)から依頼されて、丸和大興又はライフスターから商品を買い入れ、これを被告に対して売り渡すという形で取引に介入した取引であると主張するものであり、いずれの取引についても、原告に対し、被告により、銀行振込の方法で代金相当額の入金が行われている。
二 甲事件について
1 原告の主張
(一) 甲取引
被告の原料課課長代理である滝は、原告との間において、被告のためにすることを示して、被告が債務の履行を怠った場合には被告は原告に対する一切の債務につき期限の利益を失い、残代金及びこれに対する期限の利益を喪失した日の翌日から支払済みまで年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金を支払う旨の約定で、次の各売買契約(甲取引)を締結した。
原告は、被告に対し、右各売買契約(甲取引)に基づいて商品を引き渡したが、被告は、原告に対し、一覧表38の売買契約に基づく代金につき、その支払期日である平成一〇年五月二一日までにその支払をしなかった。
(1) 一覧表38の売買契約
契約日 平成一〇年二月一七日
商品 ボイル油タラバガニ 九九カートン(二九七〇キログラム)
生冷油タラバガニ 一〇〇五カートン(七〇三五キログラム)
生冷本タラバガニ 一八八三カートン(一万三一八一キログラム)
生冷タラバガニ 四〇〇〇カートン(二万キログラム)
生冷ズワイガニ 一四五四カートン(一万〇一七八キログラム)
代金 七三三九万二七五四円(消費税込み)
支払期日 平成一〇年五月二一日
(2) 一覧表39の売買契約
契約日 平成一〇年三月三日
商品 生冷ズワイガニ 九二一一カートン(五万〇二二八キログラム)
生冷タラバガニ 一八六六カートン(八八六八キログラム)
代金 七一四六万四〇六一円(消費税込み)
支払期日 平成一〇年六月八日(ただし、内金二二九七万七六七五円については同月一〇日)
(3) 一覧表40の売買契約
契約日 平成一〇年四月九日
商品 ボイルズワイガニ 五八八九カートン(二万九四四五キログラム)
生冷ズワイガニ 八八〇カートン(四四〇〇キログラム)
生冷油タラバガニ 一一一四カートン(八九一二キログラム)
ボイルタラバガニ 三七〇カートン(二九六〇キログラム)
代金 五四五二万九八九二円(消費税込み)
支払期日 平成一〇年七月六日
(二) 有権代理
滝は、被告の仕入担当部署である原料課の課長代理として、蟹、鮭、ホタテ等の仕入れを担当していたのであり、甲取引は、原告と被告との間で平成九年一月から継続的に行われてきた本件取引の一環として、正常取引と同様に滝の右担当業務の部類に属するものとして行われてきたものであるから、滝の行った甲取引の効果は、商法四三条により被告に帰属する。
(三) 表見代理
仮に、甲取引が被告の主張するとおり、滝がその権限を逸脱し、被告名義を冒用して行った簿外取引であったとしても、滝による各売買契約の締結については、以下の理由で表見代理が成立し、その効果は被告に帰属する。
(1) 民法一〇九条
被告は、滝を原料仕入担当部署である原料課の課長代理(課長は空席で、実質的な課長)に任命し、右肩書の名刺の使用を許諾し、蟹及び鮭の仕入業務を担当させており、被告には滝以外に右業務の担当者はいなかった。また、原料部の責任者である玉木も、滝の右業務を容認し、原告担当者に対して被告の仕入担当責任者は滝であると説明していた。
したがって、滝は、被告が原告に対して右のように表示した代理権の範囲内において原告と甲取引を行ったのであるから、被告は、民法一〇九条により本人としての責任を負う。
(2) 民法一一〇条
甲取引と同様の方法により滝が担当した正常取引について、原告が被告から代金の支払を受けていることから明らかなように、滝は、被告の蟹、鮭、ホタテ等の仕入担当者として、被告における水産原料の仕入れにつき、一定の契約締結権限(基本代理権)を有していた。
原告の契約担当者である藤原は、被告の社内規定で滝の取引権限が制限されていることは全く知らされておらず、甲取引に係る商談や取引に関する連絡に玉木及びその他の被告従業員が関与しながら全く問題の指摘を受けなかったことや過去の取引経緯から、甲取引も正常取引と同様、滝が自己に与えられた契約締結権限に基づいて行った取引であると認識していたのであり、滝が無権限であったことを藤原が認識できるような状況はなかった。したがって、藤原は、滝に甲取引の契約締結権限があると信じており、そのことには正当な理由があったというべきであり、被告は民法一一〇条により、本人としての責任を負う。
(3) 民法一〇九条、一一〇条
(1) のとおり、被告は原告に対し、滝が原料の売買契約締結権限を有する旨表示し、(2) のとおり、藤原は、滝が甲取引について契約締結権限を有すると信じ、かつそう信じることにつき正当な理由があったから、被告は民法一〇九条及び一一〇条により本人としての責任を負う。
(四) 使用者責任
仮に、滝が被告のために甲取引を行う権限を有していなかったとしても、滝は、被告名義を冒用し、代理権を有しているかのように原告を誤信させて売買契約を締結させ、売買契約の目的となった商品を騙取した。滝の右行為は、被告の事業の執行につき、原料課課長代理として行われたものであるから、被告は、原告に対し、民法七〇九条、七一五条により、滝の使用者として甲取引の売買代金相当額の損害賠償責任を負う。
2 被告の主張
(一) 原告の主張(一)(甲取引)について
原告の主張(一)は否認する。
佐藤と藤原とは、丸和大興が原告から売買代金の支払のために交付を受けた手形を割り引いて入手した資金を、丸和大興が被告名義で原告に対する売買代金の支払を行うまでの期間、丸和大興に運用させるとともに、原告及び藤原個人の売上げを上げることを目的として、何ら取引権限を有しない滝をして被告名義を冒用させ、原告が丸和大興から仕入れた商品を被告が買い受ける形の取引の外形を作出させていた。右取引において、滝は、藤原から、原告に対する現実の支払は丸和大興が行うため被告には迷惑をかけないと言われ、藤原と佐藤の間で決済の条件等取引内容の詳細が決められた後、藤原から送られてきた売買契約書に同人の指示に従って被告原料部の印を押した上で藤原に返送していたにすぎない。原告に対する代金の支払は、丸和大興が被告名義で銀行振込の方法により行い、商品の引渡しについては、多くの場合、藤原が滝の協力により、一度原告から被告に名義変更を行った後に、滝が被告から丸和大興への名義変更を行っていた。甲取引について、滝は被告の社内で定められた仕入申請を行っておらず、決裁を受けていないことからして、これが右のような目的で行われた簿外取引の一環だったことは明らかである。右取引の実態からすれば、滝が被告のために甲取引を行ったとはいえない。
(二) 原告の主張(二)(有権代理)について
原告の主張(二)は否認する。
滝は課長代理にすぎないので、商法四三条の商業使用人には該当しない。被告の原料部仕入権限規定によれば、滝は、被告の仕入取引に関し、平成一〇年三月三一日以前は稟議を上げる権限を有していただけであり、同年四月一日以降は何らの権限も有していなかった。
(三) 原告の主張(三)(表見代理)について
(1) 民法一〇九条について
被告は、第三者に対して被告が滝に仕入れに関する代理権限を授与した旨の表示をしたことはない。
(2) 民法一一〇条について
被告は、滝に対し、いかなる意味においても不正な簿外取引を行う権限を与えたことはない。甲取引を含む簿外取引については、(一)に記載したとおりの背景事情があり、藤原は、これらの取引に基づく売買代金については、丸和大興や札水等が被告名義で原告に対する入金を行っていたことを認識していたことに加え、以下のように、滝が権限なく甲取引を行っていたことについて藤原の悪意を推認させ、又はその過失を基礎付ける事実があることを考慮すれば、藤原が滝に甲取引の契約締結権限があると信じたことに正当な理由はない。
<1> 一般的に水産業界では個別の取引についてその都度契約書を作成することは行わないにもかかわらず、甲取引を含む簿外取引についてはあえて売買契約書が作成されており、藤原は、滝以外の被告の社員に対して契約書の必要性について説明したことがない。特に、藤原は、平成九年三月に、玉木と面談する機会があったのであるから、この時に契約書作成の必要性を説明すべきであったにもかかわらず、これを怠った。
<2> 原告が提出した売買契約書は、被告原料部のゴム判及び角印(これらは、契約書に使用されることを想定したものではなく、納品書、請求書、名義変更依頼書等に押捺するもので、被告原料部ではキャビネット上で管理されていた。)が押捺されただけの異常なものである。
<3> 商品の引渡しを示す書類が存在しないか、書類が存在しても、名義変更日、荷渡期限、入金日等の関係が不自然である場合や授受の日付が記載されていない不自然な形式の滝が作成した物品受領書しかない場合が多く、かつ、物品受領書が授受されている取引については、いずれも被告が受領したとされる商品の出庫がなく、虚偽の事実が記載されている。
<4> 原告の主張によれば、ライフスターを仕入先とする取引(一覧表1、11、30、42)は、予めライフスターから被告に対して商品が引渡済みであるとして、商品の確認ができないにもかかわらず、被告から代金の入金があってから原告がライフスターに現金で仕入代金の支払をすればよいという条件で原告が取引に介入したというのであり、契約締結の経緯が著しく不自然である。
<5> 一覧表38の売買契約については、藤原が仕入先である丸和大興から連絡を受けた取引の内容につき、滝に確認の電話をしたとする時期には、滝は休暇中で海外に滞在していた。
<6> 一覧表40の商品については、藤原は実入りが悪い商品であることを知り、滝が安くすれば買う客がいるのでかまわないなどの被告に対する背信的な発言をしていたにもかかわらず、被告に対する売却を行った。
<7> 藤原が商品の検品を行ったと主張するものについての検品記録が存在しない。
<8> 一覧表被告の主張欄に簿外取引と記載のある取引の経緯をみると、原告は、丸和大興等の資金繰りに協力するために右取引を行い、自らは利ざや(口銭)を稼いできたが、丸和大興が資金繰りに詰まってくるにつれ、原告が既にされた取引に基づく売買代金を回収するための資金を丸和大興に取得させるために、更なる取引を行い、丸和大興に対して手形を振り出すようになったことが読み取れる。
<9> 平成一〇年一月下旬に、被告からの代金支払が遅延するトラブルがあったにもかかわらず、その後も、原告は、被告の滝以外の者との間で、取引に関し文書等による確認や正式な協議を行っていない。
<10> 滝に藤原を紹介したのは札水の代表者である小柳啓治であり、藤原は、札水と丸和大興が事務所を共同で使用していたことや札水と丸和大興の代表者が以前大規模な架空取引事件を起こしたことを知っていたのであるから、長年水産業界で業務に従事し、業界の事情に精通した藤原は、本件取引においても不正な簿外取引が行われることを推測できたはずである。
3 被告の抗弁
(一) 虚偽表示
仮に、甲取引が外形上成立していたとしても、2(一)のとおり、藤原と滝は、これが丸和大興の資金繰りのために行う取引であり、被告は売買代金支払義務を負担しないことを前提として契約締結行為を行っていたものである。したがって、藤原と滝は、真に原告と被告との間で売買契約の効力を発生させる意思はなかったから、右売買契約は虚偽表示により無効である。
(二) 代理権の濫用
仮に、滝が甲取引の締結に関し代理権を有していたとしても、2(一)のとおり、藤原は、滝が自己又は第三者たる丸和大興の利益を図る目的で甲取引を行っていたことについて知っていながら、積極的に滝をして甲取引に協力させていた。仮にそうでないとしても、2(三)(2) 記載のとおり、本件取引のうち、甲取引を含む不正な簿外取引には不自然な点が多数あったから、藤原は滝の権限濫用を知り得べきであったといえる。
したがって、民法九三条ただし書を類推して、被告は、滝の行為につき責任を負わないというべきである。
(三) 解除
仮に、原告の主張(一)ないし(三)のとおり、滝が行った甲取引の効果が被告に帰属するとしても、右取引に基づいて被告に引き渡された商品は、その品質が劣悪で、通常の取引に耐え得る商品価値のないものであるから、被告は、原告の債務不履行を理由に一覧表38ないし40の各売買契約(甲取引)を解除する。
(四) 原告の主張(四)(不法行為)について
2(一)、(三)(2) のとおり、原告の担当者である藤原には、滝が行っていた甲取引がその職務権限の範囲に属さないものであることにつき、認識していた。したがって、滝の行為は被告の事業の執行につきされた行為には当たらないから、被告は、原告に対し、使用者責任に基づく損害賠償責任を負わない。
仮に、滝の行為が被告の事業の執行につきされたものであると認められたとしても、原告の担当者である藤原には悪意又はこれと同視すべき重大な過失があったのであるから、過失相殺の結果、被告は使用者責任を免責される。
4 被告の抗弁に対する反論
被告の抗弁(一)ないし(四)はすべて否認し、争う。
なお、甲取引のように、被告が予め原告の仕入先を指定し、右仕入先との間で取引条件を決定した後で、原告に対し、仕入先と被告の間に介入する形で取引に参加するように依頼してきた取引に関しては、原告と被告との間において、原告は、商品の品質について責任を負わない旨の約定があったから、被告が商品の品質が劣悪であることを理由に甲取引の売買契約を解除することはできない。
三 乙事件について
1 被告の主張
(一) 乙取引に基づく代金支払
被告は、原告に対し、原告の請求に対し、以下の売買契約(乙取引)の代金として次のとおり合計六三九五万三九一〇円を支払った。
(1) 一覧表11の3の売買契約
契約日 平成九年五月二七日
商品 生冷タラバガニ 四八三七キログラム
代金 七四〇万〇六一〇円(消費税抜き)
支払日 平成九年八月四日
(2) 一覧表24の売買契約
契約日 平成九年九月五日
商品 生冷タラバガニ 合計二〇三二〇キログラム
代金 合計三一五一万〇八〇〇円(消費税抜き)
支払日 平成九年一一月二五日
(3) 一覧表25の6の売買契約
契約日 平成九年九月一六日
商品 ボイルタラバシュリンク 九五〇〇PC
代金 一四九六万二五〇〇円(消費税抜き)
支払日 平成九年一二月二二日
(4) 一覧表42の売買契約
契約日 平成九年五月三一日
商品 生冷タラバガニ 合計七〇〇〇キログラム
代金 合計一〇〇八万円(消費税抜き)
支払日 平成九年一〇月一三日
(二) 不当利得返還請求
乙取引も甲取引と同様の理由により、被告が代金支払義務を負わない簿外取引であるから、被告が乙取引について誤って支払った金員は、原告が法律上の原因なくして取得したものとして不当利得に当たる。原告は、悪意の受益者に該当するので、利得が存在しない旨の原告の主張は失当である。
(三) 解除
仮に、被告に乙取引に基づく代金支払義務が生じるとしても、乙取引の目的物である商品は存在せず、原告の商品引渡義務は履行不能となっているから、被告は原告の債務不履行を理由に右各売買契約を解除する。
(四) 売掛金債権
被告は、原告に対し、次のとおり、紅鮭の加工品を売り渡したが(代金合計三四八七万八二〇七円)、原告は、支払期日が経過してもこれを支払わない。
(1) 納品日 平成一〇年四月一〇日
数量 一万一三四〇キログラム
代金 七六二万〇四八〇円(消費税込み)
支払期日 平成一〇年五月二九日
(2) 納品日 平成一〇年四月二〇日
数量 八七九七・九キログラム
代金 七一一万三一〇二円(消費税込み)
支払期日 平成一〇年五月二九日
(3) 納品日 平成一〇年四月二一日
数量 二二二二・六四キログラム
代金 一七九万七〇〇三円(消費税込み)
支払期日 平成一〇年五月二九日
(4) 納品日 平成一〇年五月一九日
数量 三八〇九・四〇キログラム
代金 三一五万九八九七円(消費税込み)
支払期日 平成一〇年六月三〇日
(5) 納品日 平成一〇年五月二六日
数量 二万四一〇七・五〇キログラム
代金 一五一八万七七二五円(消費税込み)
支払期日 平成一〇年六月一〇日
2 原告の主張
(一) 被告の主張(一)は認める。
(二) 被告の主張(二)について
(1) 法律上の原因
乙取引についても、甲取引と同様に、有権代理ないし表見代理の法理により、滝が行った取引の効果が被告に帰属するから、乙取引について原告が被告から代金の支払を受けたことには法律上の原因がある。
(2) 利得の不存在
乙取引について、原告は、仕入先に対する代金をすべて支払い、仕入先から購入した商品をすべて被告に引き渡した。これらの原告の行為は、原告が被告から乙取引の代金として金員の支払を受けたことと密接に関連し、滝の行為、ひいては滝に対する被告の選任監督上の怠慢によってもたらされたものであるから、原告が右行為により負担したものについては被告が主張する利得から控除すべきである。
そうすると、被告が主張するような利得は存在せず、原告は一切の事情について善意無過失であったから、原告が被告に返還すべきものはない。
(3) 相殺
乙取引について被告に代金支払義務が認められない場合、甲取引と同様に、被告は、原告に対し、使用者責任に基づく損害賠償義務を負うので、原告は、右損害賠償請求権をもって、被告の不当利得返還請求権と相殺する。
(三) 被告の主張(三)(解除)について(信義則違反)
仮に、乙取引の中に商品が存在しない場合があったとしても、その事実を知らない原告を右取引に巻き込んだのは被告であり、被告は右取引についても、売買契約の締結、物品受領書等の作成及び交付、売買代金の支払を行ってきたという一連の取引経過からして、被告が乙取引につき、商品の不存在を理由に解除の主張をすることは信義則に反し許されない。
(四) 被告の主張(四)(売掛金債権)について(相殺)
被告主張(四)は認めるが、原告は、被告に対し、平成一〇年七月二七日、一覧表38の代金の内金一七九一万五〇八四円、同41の代金一六九八万五〇六八円をもって、被告の主張(四)記載の売掛金債権及び被告の原告に対する過払金二万一九四五円の返還請求権とその対当額において相殺するとの意思表示をした。原告の被告に対する甲事件請求金額は、右相殺後の金額である。
第三判断
一 認定事実
証拠(後記のもののほか、甲二四、六三、六六、乙二五、三二、三八、証人藤原、証人玉木)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 滝は、平成六年一〇月から被告の原料課配属となり、平成八年六月一日に同課課長代理に任命され、同課においては課長が任命されていないため、同課の責任者である課長代理として、主として蟹、鮭等の水産原料の取引を担当することになった。滝の仕入れに係る権限については、被告の内規により、平成一〇年三月末日までは、自らが行おうとする仕入れについて仕入申請書(平成一〇年二月一〇日以降は売上仕入日報)を作成し、仕入れの可否に関する稟議を上げ、一件三〇〇〇万円以上の取引については社長の、一件一〇〇〇万円以上三〇〇〇万円未満の取引については原料本部長の、一〇〇〇万円未満の取引については原料部長の決裁を受けた上で、仕入先にその発注を行うこととされていたが、同年四月一日以降は、滝から提出された仕入申請書については、玉木の手によって稟議に上げられるようになった。
しかし、滝、玉木を初めとする被告の関係者が、藤原に対し、滝は自らの判断で原告との間の売買契約を締結する権限を有していないとか、上司の決裁が必要であるなど、右のような滝の権限に関する制限について説明したことはなかった。
2 被告においては、一〇〇〇万円以上の仕入については、以下の手順で売買契約の締結、代金の支払がされていた。<1> 担当者は、仕入先と具体的な取引の内容について交渉した後、仕入先、仕入代金、転売をする場合は販売先、販売代金等、在庫商品とする場合は仕入れの必要性等を仕入申請書(平成一〇年二月一〇日以降は売上仕入日報)に記入した上、仕入れの可否に関する稟議を上げ、社内の決裁を受ける。<2> 右決裁が得られると、担当者は、仕入先に対し、商品を発注する。<3> 冷蔵庫から入庫報告書ないし被告に対する名義変更報告書を受領し、又は転売先に商品を直送した場合は、仕入先又は納入業者から納品書、輸送証明書を受領するなどして商品の引渡しが確認できると、担当者は、当該仕入れを仕入入力書(平成一〇年二月一〇日以降は売上仕入日報)に記入する。<4> 右仕入入力書に従い、事務員が被告のコンピューターに入力をすると、経理上、仕入れの計上が完了し、買掛金債務が発生することになる。<5> 仕入先から請求書が送付されてくると、右のとおり入力された買掛金債務との照合作業を行った上で、コンピューターから仕訳伝票(出金伝票)を出力する。<6> 担当者は、仕訳伝票に仕入申請番号を記入するほか、請求書の内容に誤りがないかどうか、商品の引渡しが完了しているかどうかを確認した上で、請求書に確認印を押し、自らが押捺した仕訳伝票に、右請求書と商品の引渡しを証明する輸送証明書、名義変更報告書等の引渡関係書類を添付して支払のための決裁に上げる。<7> 各決裁権者が、仕訳伝票と請求書類との照合を行うほか、原料管理課において、仕訳伝票と仕入申請書との照合を行った上で、支払調書が作成され、支払が行われる。
被告又は被告の仕入先の希望により被告と当該仕入先との間に商社等が介入するいわゆる介入取引についても、被告においては、単なる商社からの仕入れとして扱われるだけであって、仕入申請書にその旨が記載されるなど右手順と異なる特別の手続が執られることはない。
以上が被告における正規の手続であるが、代金一〇〇〇万円以上の取引について、担当者が仕入申請書を提出せず、社内の決裁手続を経ることなく仕入先に商品を発注し、担当者が仕入入力書を作成することもあり得ないわけではなく、この場合、事務員が担当者の指示に従ってコンピューター入力を行った後(経理上の買掛債務の発生)、仕入先からコンピューターに入力された仕入れに対応する請求書が届き、かつ、担当者がこれに商品の引渡しを受けたことを確認する確認印を押捺したり輸送証明書等の引渡関係書類を添付したりすれば、支払が行われることがあり得る(平成一一年一〇月七日付け被告準備書面(七)添付の一覧表参照。)。
3 本件取引について
(一) 原告と被告との間では、被告原料部の関根貴之が平成七年七月七日付けで原告を仕入先とする新規(取引先)仕入申請を行い、被告が与信枠を設定した上で、水産原料の仕入れについての取引が開始された(乙二)。
藤原は、平成九年一月ころ、知人であるライフスター社長の服部から、ライフスターが仕入れた蟹を被告に売却する商談が進んでいるところ、ライフスターの仕入先に対しては現金決済が必要だが、被告は数か月後の期日の現金払が支払条件となっているので、原告がライフスターからこれを仕入れた上で被告に売却することとし、ライフスターに対する売買代金支払のために手形を振り出してもらえないかという介入取引の依頼を受けた(このような取引を行うことにより、ライフスターは、右手形を割り引くことにより、自らの仕入先に対する仕入代金の支払資金を獲得することが可能になる。)。藤原は、商品の明細など取引の具体的な内容を聞き、滝に対してその内容を確認し、了解を得た上で、一覧表1の売買契約を行った。
さらに、藤原は、平成一〇年初めころに、滝から、佐藤の紹介を受けるとともに、被告が丸和大興から商品の仕入れを行うに当たって、原告が丸和大興から商品を仕入れた上で、被告に売却し、丸和大興に対する売買代金の支払のために手形を振り出すことにしてほしいとの介入取引の依頼を受け、丸和大興との取引を開始した。
(二) 藤原は、本件取引のうち、右のような介入依頼を受けて行う取引については、<1> 被告と仕入先が商品の明細、売買代金額、引渡条件、決済条件等を決定した後、仕入先からファクシミリで連絡を受け、<2> その内容どおりに取引を行うことにつき、電話で滝に確認した上で、<3> 金額が小さいものや、一覧表11及び42の売買契約のように、被告から原告に対する売買代金の入金後に原告が仕入先に売買代金を支払うという約定で介入したものなど、原告の社内規定上売買契約書の作成が必要でない場合を除いて、原告北海道支店の角印及び藤原の個人印を押捺した売買契約書(仕入先からの仕入れに係るものと被告に対する売却に係るもの)を作成し、これを原告北海道支店から仕入先と被告の双方にファクシミリで送信し、<4> 滝は、これに被告原料部のゴム判及び角印並びに滝の個人印を押捺して、藤原に対し、ファクシミリで返送していた。原告から被告に対するファクシミリの送信は、すべて被告原料部あてに行われていたが、それらは担当者である滝のもとへ届けられることになっていた。原告から仕入先に対する支払は、被告から原告に対する売買代金の入金日以後を満期とする約束手形の振出しにより行われており、右手形についてはすべて決済が完了している。
また、介入取引に関し、藤原と滝との間でファクシミリによって取り交わされた売買契約書の備考欄には、商品に係る品質、重量等のすべてのリスクは買主負担とし、売主はその責任を負わない、当該取引以外に発生する保管料、運賃等のすべての費用は、買主の負担とする旨が記載されており(甲取引につき、甲一の1及び2、二、三等)、実際に、営業倉庫に対する保管料、入出庫料については、各倉庫に対し、被告名義で支払が完了している。
藤原は、売買契約書が滝からファクシミリによって返送されるなどして売買契約の成立が確認できた後、被告の原料部あてに請求書を送付し、被告に対する商品の名義変更が必要な商品についてはその手続を執り、仕入先から被告又はその転売先に直接引き渡されるため、被告に対する名義変更を行わない商品については、被告に対する引渡しを証するものとして被告から被告原料部名の入った書式に同部の角印と滝の個人印が押捺された物品受領書や在庫証明書を受領していた。
藤原は、本件取引を行うに当たり、被告原料部あてに請求書を送付した上で、滝に対し、支払期日前に被告から間違いなく入金がされるかどうかを確認をするための電話連絡を入れており、一覧表26の売買契約までは、ほぼ約定の期日どおりに被告から原告に対する売買代金の支払が行われていた。
(三) しかし、滝から藤原に対し、平成一〇年一月二三日ころ、同月二六日を支払期日とする取引(一覧表27、28、29、31)に係る売買代金について、同年三月三一日まで支払期日を延期してほしいとの要請があった。藤原は、本件取引において滝から支払期日の延期要請があったのはこれが初めてであったため、原告東京本社食品本部食品部部長の近藤武(以下「近藤」という。)に滝からの要請について報告して指示を求めた。近藤は、入金が遅れる可能性があることを原告の財務部及び審査部に報告した上で、玉木に対し、期日に支払をするように求める電話を架けた。玉木は、事前に滝から、いずれ藤原から玉木に対し、右売買代金の支払に関する問い合わせの電話があるから、その際には二、三日中に支払うと返答してほしいと言われていたため、滝に対して問い合わせの対象となる取引の具体的内容やそのような電話がある理由などを全く確認することなく、近藤に対し、滝に言われたとおりに返答した。その後、滝から藤原に対し、同年二月二〇日まで支払期日を延期してほしいとの要請があったが、藤原は、近藤からの指示に従い、これを拒絶した結果、同月二八日、滝から藤原に対し、同年一月三〇日までに右売買代金を入金する旨の連絡があり、そのとおり、同日、これが入金された。
(四) 甲取引を行うまでに、原告と被告との間で成立した取引は一覧表記載のとおり約四〇件あるが、そのうち、商品が被告に引き渡され、かつ、被告自らが売買代金を原告に対して支払ったもので、当該商品が転売されて転売先から売買代金の入金があったか、又は被告の在庫商品になっていることが確認されている正常取引であると被告が認めている取引は、約二〇件にのぼり、原告が介入取引であると主張するもの(約三〇件)に限っても、そのうち約一〇件が右のような意味における正常取引として処理されており、平成一〇年一月下旬に、右に認定した支払期日の延期要請があった以外は、滝から支払期日の延期要請がされることもなかった。
4 甲取引について
藤原は、一覧表38の売買契約については平成一〇年二月一二日に、同39の売買契約については同月二六日に、同40の売買契約については同年四月一日に、取引の明細について記載したファクシミリを丸和大興から受領し(甲一六の1ないし3)、佐藤と共に商品の確認を行い、その結果を滝に伝えた上で、3に記載したのと全く同様の手順を経て契約書の作成(甲一の1、2、二、三)や商品の引渡しの確認(甲九の1ないし3の各イ、ロ、九の4、九の5のイないしハ、一〇の1のイないしハ、一〇の2のイ、ロ、一〇の3、一一の1のイ、ロ、一一の2、一一の3及び4の各イ、ロ)を行っており、その際、滝が従前の取引の際と異なる対応をすることはなかった。
藤原は、同年五月初旬に、一覧表38の売買契約(支払期日同年五月二一日)について、従前の取引と同様に、滝に対して約定どおりに入金がされるかどうかの確認の連絡を取ろうと試みたが、滝との連絡がつかなかったため、同月一九日、玉木あてに右取引の代金について振込の手配の確認を求める内容の文書(乙一九)をファクシミリで送信した。藤原は、同月二二日、札幌に来た滝から丸和大興の事務所に来てほしいとの連絡を受け、同所に赴いたところ、滝から、甲取引の代金は、諸般の事情により支払ができないと言われ、その後、原告は、被告に対し、甲取引の代金を請求したが、被告は、甲取引は、滝が所定の仕入申請手続はもとより、仕入入力書の作成も行っていない簿外取引であるとして売買代金の支払を拒否した。
一覧表38及び40の商品については、いったん冷蔵倉庫において保管名義が被告に変更され、その後、一覧表38及び40の商品については、被告が、平成一一年六月に検品を行った上で(平成一一年九月二日付け被告準備書面添付の一覧表参照。)、商品の劣化による損害の拡大を防止するために、自ら、売却処分をし、同39の商品については、更に、被告から丸和大興に対する名義変更の手続を行った。
5 乙取引について
乙取引もまた、藤原が滝又は被告の仕入先から、当該仕入先から被告に対する商品の売買に介入することを依頼されて行った介入取引である。このうち、一覧表24、25の6の売買契約に関しては前記3(二)に認定した手順により売買契約書の作成(甲二二、二三の各1、2)、請求書の発送(甲二二、二三の各3)がされ、被告から原告に対し、被告原料部名の入った書式に同部の角印と滝の個人印が押捺された物品受領書(甲二二の4)又は在庫証明書(甲二三の6)が交付されている。また、一覧表11の3及び42の売買契約については、被告の仕入先であるライフスターから被告に対して既に商品を引渡し済みであるが、ライフスターに対する買与信を超える売買であるとして、原告が取引に介入することを求められたものであり、被告から売買代金の支払があった後に、原告がライフスターに対し、現金で仕入代金の支払をすればよいとの条件であったため、藤原は、売買契約書を作成せず、被告から物品受領書も受領しないまま、被告に対し、請求書(甲二〇の1、甲三九)を発送した。
乙取引については、いずれも、滝と藤原の間で決められた約定のとおりに売買代金の支払が行われており、そのうち一覧表11の3、24、25の6の売買契約については、仕入申請書が作成され、被告社内の内規に則った決裁手続を経た上で売買契約の締結及び右売買代金の支払が行われたことは被告も自認するところであるが(平成一一年一〇月七日付け被告準備書面(七)添付の一覧表参照。)、一覧表42の売買契約については、滝が被告社内の内規に則った決裁を受けたと認めるに足りる証拠はない。
二 甲事件について
1 前記認定事実3(二)、4によれば、滝は原告との間において、被告のためにすることを示して原告の主張(一)の約定で甲取引(一覧表38ないし40の売買契約)を行ったものと認められる。
2 原告の主張(三)(2) (表見代理・民法一一〇条)について
(一) 前記認定事実1によれば、被告が、滝に対し、水産原料の仕入れに関し、内規に則った上司の決裁を受けることなく被告を代理して売買契約を締結する権限を与えたと認めるには足りないが、滝は、遅くとも平成八年六月に原料課の課長代理となったころから、主として蟹、鮭等の取引を担当しており、その際、被告は、滝をして仕入先の担当者との間で個別の取引について、その具体的内容についての交渉を行わせ、交渉の結果合意された個別の取引の内容について、滝の上司が被告の内規に則って決裁を行い、決裁を了した取引については、滝が仕入先に対して当該商品を発注し、当該商品に係る売買契約を締結していたものというべきである。したがって、被告は、少なくとも、右決裁を行うことにより、滝に対し、当該商品に係る売買契約を締結する権限(基本代理権)を与えていたものと認めることができる。
(二) 前記認定のとおり、藤原は、甲取引についても、ほぼ約定どおり売買代金の支払がされてきた甲取引以前の三七件の取引(右三七件の取引については、滝は、被告の内規に則った決裁を受けて、その権限に基づいて原告との間の売買契約を締結していたものも含まれている。)と同様の手順で、滝に対して取引の具体的内容を確認し、売買契約書を作成していたものであるところ、本件取引を通じ、滝や玉木は、藤原に対し、滝が原告との間で売買契約を締結するについて、上司の決裁を要することを説明したことは一切なかったのであるから、藤原が、個別の取引ごとに、滝が被告社内の内規に則った決裁を受け、当該取引を行う権限を授与されているかどうかを確認すべき状況が生じていたとはいえず、藤原に滝の契約締結権限に疑いを抱かせるような特段の事情がない限り、滝に甲取引について契約締結の権限があると信じていたとの趣旨の藤原の証言は信用するに足り、かつ、藤原がそう信ずるについては、正当な理由があるものというべきである。
(三) 被告は、藤原が被告社内の決裁手続を知っていたはずなのに、丸和大興の資金繰りを助けるために佐藤と謀って滝に被告名義を冒用させ、簿外取引を行わせていたと主張するが、藤原が、滝は商品の仕入れを行うためには被告の内規に則った決裁を得る必要があることや、本件取引の中には、右決裁を受けずに行っていた取引があったことを認識していたと認めるに足りる証拠はない。
滝が原告との間で、被告の内規に則った決裁を受けずに権限なく売買契約を締結していたことが被告に判明した平成一〇年五月以降に滝によって作成された事情説明書(乙一の1及び2)及び滝らの陳述を記録した録音反訳文(乙一〇)中には、藤原が本件取引の中に丸和大興等の第三者が被告名義で代金を支払っている取引があることを知っていたとする記載部分があるが、客観的な裏付けを伴うものではない上、藤原は、平成一〇年一月二三日ころ、滝から入金が遅れる旨の連絡を受けた際に、直ちに近藤に報告し、滝ではなく玉木に連絡を取ってもらったこと(仮に、藤原が被告の主張するような認識を有していたとすれば、このような対応はしなかったものといえる。)をも考慮すると、右記載部分は、これに反する趣旨の証人藤原の証言に照らし、直ちに信用することはできない。しかも、原告に対する入金が約定どおり行われている限り、藤原が被告名義でされた銀行振込の実際の依頼人が誰であるかについて特に確認することがなかったとしても不自然ではないから、被告が主張する右事情をもってしても、藤原の悪意を推認することはできない。また、前掲証拠(乙一〇)中には、原告が被告と丸和大興との間に介入した取引については、佐藤と藤原との間で商談を進め、滝は右取引に関与していないとする記載部分があるが、個別の取引内容については、藤原は、佐藤から連絡を受けた上で、滝に対して右取引内容を確認していたとする前記認定と矛盾するものではないから、右記載部分をもってしても、前記(二)の認定を左右するものではない。
その他、被告は、甲取引を含む一覧表被告の主張欄に簿外取引と記載のある取引については、藤原の悪意を推認させ、あるいはその過失を基礎付ける多数の事実があると主張するが、原告と被告との間において、介入取引の性質を有する売買契約を締結する際には前記認定事実3(二)記載のような手順が採られていたのであり、通常の商取引において、契約当事者が、担当部署の印及び担当者の印が押捺された売買契約書や物品受領書を取り交わすことによって契約の成立や商品の引渡しを確認することは特に不自然とはいえず、藤原が平成九年三月の面談時に、玉木に対し、契約書作成の必要性について殊更説明すべき事情があったとも認め難い。また、平成一〇年一月下旬の支払遅延の際にも、藤原は、上司の近藤に事実を報告し、近藤が玉木に期日に支払をするように求める電話を架けるなどした結果、ほぼ約定どおりに代金の入金がされたことは前記認定事実3(三)記載のとおりであり、その際にも滝の権限や被告の代金支払義務につき被告側が問題にしたことは全くなかったのであるから、この時の藤原の対応をもって、通常尽くすべき注意義務を怠ったと評価することはできない。その他被告がるる主張する事情は、これを認めるに足りる証拠がないものであるか、結果的に滝が権限なく売買契約を締結していたことを裏付ける事情とはなっても、藤原がそのことを知っていたことを推認させ、又は知らなかったことに過失があったことを基礎付ける特段の事情に当たると評価することはできない。
(四) したがって、被告の主張には理由がなく、甲取引について滝の行った売買契約締結行為については、表見代理が成立し(民法一一〇条、一一二条)、被告にその効果が帰属する(最高裁昭和五八年(オ)第五二七号同六〇年二月一四日第一小法廷判決参照。)。
3 被告の抗弁(一)(虚偽表示)について
本件記録を精査しても、藤原が、被告は売買代金支払義務を負担しないことを前提として一覧表38ないし40の各売買契約(甲取引)を締結したと認めるに足りる証拠はなく、かえって、藤原が、甲取引の売買代金について、玉木あてに振込の手配を求める内容の文書を送っていることは前記認定事実4記載のとおりであるから、藤原が、被告から売買代金の支払を受ける意思で右各売買契約を締結したことは明らかであるから、被告の右主張には理由がない。
4 被告の抗弁(二)(代理権の濫用)
仮に、滝が自己又は第三者たる丸和大興の利益を図る目的で甲取引を行っていたとしても、藤原がこれを知っていたと認めるに足りる証拠はなく、前記2(三)に認定したとおり、甲取引を含む一覧表被告の主張欄に簿外取引と記載のある取引について不自然な事実が多数あるとする被告の主張は理由がないから、滝の代理権濫用を知らなかったことにつき、藤原に過失があったということもできないから、被告の右主張は理由がない。
5 被告の抗弁(三)(解除)について
被告は、平成一一年六月の検品の結果、商品の品質が劣悪であったことを理由として一覧表38ないし40の各売買契約(甲取引)を解除したと主張するが、そもそも介入取引である甲取引については、前記認定事実3(二)のとおり商品の品質については、原告が責任を負わない旨の約定がされていることに加え、仮に、被告が平成一一年六月に行った甲取引に係る商品の検品時において、その品質が劣悪であったとしても、被告が行った右検品は、商品の引渡しから一年以上経過した後に行われたものであり、その間に商品の劣化が相当程度進んでいるものと推認される。その他、甲取引に基づいて、被告に引き渡された商品の品質が元々劣悪であったことを認めるに足りる証拠はないから、甲取引について、被告が主張する解除原因が存在するとは認めるに足りず、被告の右主張には理由がない。
6 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、甲事件の請求には理由がある。
三 乙事件について
1 被告の主張(一)(乙取引に基づく代金支払)は、当事者間に争いがない。
2 被告の主張(二)(不当利得返還請求)について
前記認定事実5によれば、乙取引のうち、一覧表11の3、24、25の6の売買契約については、滝が仕入申請を行い、被告の内規に則った決裁手続を経て、滝はその権限に基づいて、右各契約を締結したものというべきである。一覧表42の売買契約については、滝が被告の内規に則った決裁を受けたことは認められないが、甲取引と同様に表見代理(民法一一〇条、一一二条)が成立するものといえる。そして、右各売買契約が虚偽表示であり、又は権限濫用を理由とする民法九三条ただし書の類推適用により無効である旨の被告の主張に理由がないことは既に説示したところから明らかである。
したがって、被告が不当利得としてその返還を求める金員は、被告が乙取引に基づいて原告に代金として支払ったものというべきであって、法律上の原因を欠くものとはいえないから、被告の右主張は理由がない。
3 被告の主張(三)(解除)及び原告の主張(三)(信義則違反)について
乙取引は介入取引であって、商品が仕入先から被告又は被告の転売先に直送されたとして物品受領書、在庫証明書が交付され(一覧表24、25の6)、又は、被告に引渡し済みであるとして介入の依頼がされた(一覧表11の3、42)取引であるから、原告は、商品の引渡しの有無については被告から物品受領書等の引渡関係書類を受領することによって確認するほかないこと、他方、前記認定事実2及び5によれば、被告は、通常、輸送証明書、名義変更報告書等により商品の引渡しを確認した上で代金の支払を行っているところ、乙取引についても右のような手続が執られた上で、代金の支払が行われているのであるから、被告は右手続において商品の引渡しを確認しているものと推認できること、そもそも介入取引の性質上、介入者たる原告は、実質的売主である仕入先に対して金融の便を与えることを主眼として取引に介入するのであり、原告は被告に対する商品の引渡しに関与するものではないから、商品の引渡しについて実質的な責任を負うのは介入者たる原告ではなく、被告に対する実質的な売主である仕入先であるというべきであること、被告としては、引渡しの確認ができない限り、原告に対する売買代金の支払を拒否することができ、そうすれば、原告も仕入先に対して交付した手形の支払を拒絶できたこと、原告は被告から引渡関係書類を受領し、売買代金の支払を受けられたからこそ、売買が滞りなく完了したものと信頼し、仕入先に対し、売買代金を支払うことになることなどの事情を総合すれば、被告が、原告に対し、被告原料部名の入った書式に同部の角印と滝の個人印が押捺された物品受領証又は在庫証明書を交付している一覧表24、25の6の売買契約については、被告が商品を受領したことを前提に代金をいったん支払った後に、その後商品の不存在が明らかになったとしても、そのことを理由として売買契約の解除を主張して、代金の返還を求めることは、信義則上許されないというべきである。
そして、乙取引のうち、一覧表11の3、42の売買契約に関しては、原告は、前記認定事実5のような経緯で取引に介入したため、被告から物品受領書を受領していないが、右経緯及び右に説示したところを総合すれば、右各売買契約に関しても、被告が商品が不存在であったことを理由として売買契約の解除を主張し、代金の返還を求めることは、信義則上許されないものというべきことは同様である。
4 以上2及び3によれば、乙取引について支払代金相当額の返還を求める被告の主張には理由がない。
5 被告の主張(四)(売掛金債権)及び原告の主張(四)(相殺)について
二に認定説示したとおり、原告は、被告に対し、一覧表38の売買契約に基づく原告主張の代金債権を有していることが認められ、原告が被告に対し同41の売買契約(正常取引)に基づく原告主張の代金債権を有することについては当事者間に争いがなく、証拠(甲八の1及び2)によれば、原告が被告に対し、原告主張の相殺の意思表示を行ったことが認められるから、被告主張の原告に対する売掛金債権は、相殺により消滅したと認められる。
したがって、原告に対し右売掛金の支払を求める被告の主張には理由がない。
6 以上によれば、乙事件の請求は理由がない。
四 結論
よって、甲事件の請求には理由があるから、これを認容することとし、乙事件の請求には理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 綿引万里子 裁判官 生野考司 裁判官 金築亜紀)
別紙<省略>